今回も、直木賞受賞作を取り上げたいと思います。真藤順丈『宝島』は2018年に講談社から出版された作品で、2018年下半期の直木賞を受賞しています。
『宝島』は戦後の沖縄を舞台に、「戦果アギヤー」という、アメリカの基地から物を奪ってくることを生業としていた仲間たち3人を巡る物語です。サンフランシスコ平和条約で日本が主権を取り戻した1952年(沖縄は引き続きアメリカの施政権下に置かれた)から、1972年の沖縄の本土復帰までの20年を描いています。
ニライカナイ
全然関係ないのですが、僕にとって特別な曲の一つに、元ちとせの「いつか風になる日」があります。なんというか、そこにはすごく独特の死生観が歌われていると思うんですよね。
幾千の歳月を
波が弄ぶ
麗らかな陽の中で中で私も風になる……
やがてきっときっと永遠は
刹那に去って
だけどずっとずっと此処にいてあげる
ただ風が吹いている
この曲を聴くと、死とは世界の終わりではなくて、なんかもっと自然でそばにあるもののような気がして、すごく楽な気持ちになるんです。元ちとせは奄美出身であることを知っていましたので、それは奄美の死生観なのかな、と思っていたのですが、今回『宝島』を読んで、沖縄「ニライカナイ」という考え方も、それにすごく近いのかな、と思いました。
われらが沖縄の信仰には、ふたつの神の国があって、それぞれが垂直方向と水平方向に表象される。雲の上にあるという”オボツカグラ„が琉球王朝の権威づけに喧伝されたのに対して、海の彼方にあるという”ニライカナイ„は広く庶民の信心を集めてきた。生者の魂はニライカナイより来りて母体に宿り、死んでまたニライカナイに帰るのさ。豊穣と命の根源にして、祖霊たちが守護神へと生まれ変わるところへ――
p.353
「お浄土」や「天国」だって、同じような考え方なのかもしれないのですが、けどなんか「海の彼方にある」というだけで、もっとこの世の続きにあるような感じがしますよね。そしてそれは、旅行で沖縄を訪ねて見た青い海を思い浮かべれば、ほんとうのように思えてきました。
『宝島』では、ニライカナイについての話が何度も出てきます。終戦間際の沖縄本土での白兵戦や戦後の混乱で失われたたくさんの命が描かれる中で、その死生観がなにかこの作品の独特な「明るさ」にもつながっているのかな、と思いました。
沖縄の戦後史を学ぶ
最初に触れましたが、『宝島』は1952年から1972年の20年間の沖縄を描いています。「戦果アギヤー」だった主人公の3人は、その20年を必死に生きて、それぞれに変化していきます。警官になり、またアメリカの諜報員として活動するグスク、教員となってから、本土復帰運動で活動するヤマコ、そしてヤクザな世界で生き、基地でのテロを企てるレイ。ときに寄り添い、ときに離反する3人の生き様をたどる楽しみが、この作品にはあります。そしてその生き様を際立たせるのが、戦後の沖縄という舞台です。
振り返ってみても、僕は戦後の沖縄について学んだ記憶がありません。現代史の授業や、テレビなどで、戦後の歴史について学ぶことはあったのですが、それはやはり本土の歴史なんですよね。1950年代から60年代、本土は高度経済成長を迎えて大きく変化したわけですが、その間アメリカの施政権下にあった沖縄がどのような世界であったのか、学んだことも調べたこともありませんでした。
この本で描かれたそれは、まさに混沌から、本土とは違ったルールが作られる、そういう世界であるように思います。まず「戦果アギヤー」という存在からして、カオスです。両親を失った子供たちがたくさんいて、助けあい、合法とか違法とか関係なく、とにかく生きることが第一だった戦後から、アメリカのルールの元でなんとか生活の基盤が作られ、そして本土復帰が現実的になる20年後まで。本土とは全く異なった復興と成長をたどった沖縄の歴史は、とても興味深いものでした。そしてそれを、3人の人生をたどりながら学べることが、『宝島』の面白さだったと思いました。
ミステリー作品
そんな主人公3人の20年の生き様は、それは刺激的なものですが、もしそれだけだったら541ページにもなるこの作品は冗長に感じられたと思います。この作品がその長さに堪えられるものになっているのは、全編を通したミステリーになっているところです。
ヤマコの恋人であり、レイの兄であり、グスクの親友であったオンちゃんは、物語の冒頭、嘉手納基地での収奪のなか、3人の前から姿を消します。その後の20年間、3人は必死に自分の人生を生きながらも、それぞれにオンちゃんを探し、足跡を追います。途中オンちゃんが「予定にない成果」を手に入れたことで、混乱に巻き込まれ、姿を消したことが明らかになります。その「予定にない成果」とはないか、、、それがこの物語全体を通したミステリーになっています。
「予定にない成果」はなんなのか、その推理はいくつも作品に登場します。自分も考えながら読みました。けれど、その答えは、まったく想像もしないものでした。その驚きのために、541ページが費やされているといっても過言ではありません。ここでは答えに触れませんので、ぜひこの作品を読んで、その驚きを楽しんでいただきたいと思います。
まとめ
分厚い本にふさわしく、『宝島』は多くの側面を持つ作品になっています。戦後の沖縄の歴史、主人公たちの力強い生き様、そしてオンちゃんと「予定にない成果」をめぐる重厚なミステリー。時間をかけてそれらを味わえる、よくできた娯楽作だと思いました。
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