塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』を読む

Gay Life

先日相方が、塚本堅一の『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』を貸してくれました。NHKのアナウンサーが違法薬物の所持で捕まってニュースになっている、という話は以前聞いていたのですが、そのご本人が体験を本にまとめて出されたものです。2019年にKKベストセラーズから出版されています。

著者はラッシュ(正確には作成キットで自作したラッシュを模した薬物)を所持していたことで逮捕・拘留されたのですが、まずNHKの現役アナウンサーであったこと、そしてセクシャリティがゲイであること(正確にはラッシュを使うのが主にゲイであったことによる憶測)という2点がセンセーショナルであっため、面白おかしくニュースに取り上げられてしまったのでした。

本では、逮捕からNHKの懲戒解雇、うつ病の発症、依存症回復施設への通院、そして立ち直り薬物をライフワークとしていくまでを順次、丁寧に語っています。正直僕自身は、(今のところ)薬物への興味はなく、また薬物に傾倒しそうになった経験もないので、語られたプロセスはあまり自分とは関係のないノンフィクションとして感じざるをえませんでした。一方で、彼の体験が、おそらく彼のゲイというセクシャリティを抜きにはなかったものなのだろうなということを身につまされて感じましたし、それがよく整理されているなとも思いました。

ここではこの本を読みながら感じた、ゲイの生きづらさを取り上げてみたいと思います。

ゲイであることの孤独

以前、ゲイの家探し(同居)という投稿にも書いたのですが、僕は今は相方と別々に住んでいます。以前は一緒に暮らしていたのですが、転勤で一度離れ離れになり、その後転勤から戻ってからも社宅が提供されていることもあり別々に住んでいます。

転勤が決まったときに、もちろんお互い仕事があったこともあり、当たり前のように別々に住むことになったのですが、よく考えたら、もし僕らが結婚しているいわゆる普通の夫婦であったなら、たとえば相方が仕事を辞めてついてくる、という選択肢もあったのかもしれません。当時僕はそれをゲイ特有の「生きづらさ」と感じていたわけではまったくないのですが、この本を読んでやはりゲイであるということによって、人生の選択肢が狭められているところがあるのかな、と改めて感じました。たとえば塚本は、NHNに提出した始末書に、こんなことを書いたと語っています。

「憧れていた東京のアナウンス室に異動することはできたけど、同僚や後輩たちがどんどん結婚して家庭を持っていく中で、ゲイである私は結婚もできずパートナーと離れてまた独り暮らし。転勤族と覚悟して入局したものの、これが定年まで続くのかと思うと憂鬱になっていた。その気分を晴らすため、偶然見つけたサイトから購入してしまった」

p.57

著者は「本当のことを書いた」と言っていますので、これは本音なのだろうと思います。いわゆる普通の結婚をするノーマルな人たちの生き方と、ゲイの人たちの生き方は決定的に違うものにならざるをえないということが、ここには端的に書かれていると思いました。先の転勤で、僕自身はまったく無意識に選んでいた別居でしたが、よくよく考えたら、それは僕がゲイとしての生き方を完全に受け入れているのだな、と気づかされたのです。

正直僕にとってはそれは憂鬱でもないし、薬物に手を出すきっかけにもなっていないわけですが、一方で実際に犯罪に手を出してしまう人もいたわけで、それはやはりゲイの生きづらさの一つなのかな、と思いました。

ゲイと性(と薬物)

著者は逮捕のきっかけとなった薬物の製造キットの入手について、実際に購入する以前に販売するWebサイトと出会っていたことを書いています。

 私にとっては、あればちょっと楽しめるご褒美みたいなものでしたが、手に入らなくても、特に困るほどのものではありませんでした。そんな中、「懐かしいラッシュに似た効果を出せる液体を作り出すことに成功した!」というサイトを偶然見かけます。興味本位でサイトを見てみると、使っている材料は全部合法だといいます。希望する人には、作るための製造キットを分けてくれるとも書いてありました。当時の私は沖縄局に勤務していて、付き合っていたパートナーと一緒に住んでいたのですが、作り方を見ると「冷蔵庫で一晩寝かす」など、ちょっと面倒くさい工程があります。そもそも、謎の液体を冷蔵庫に入れていたら、パートナーに絶対怪しまれるでしょう。「一人用」で使いたかった私は、購入することなく、そのうちサイトの存在自体も忘れていました。

pp.15-16

面白いなと思ったのは、著者が薬物を「一人用」で使いたかった、と書いていたところでした。

僕自身は過去ラッシュを使ったことはないのですが、過去(合法だった時代に)使ったことがあるという友だちは全員、セックスの時に使っていたと言っていました。

「一人用」で使いたかった、という話を読んで、そういう人もいるんだな、と思ったのと、なんというか、そこまでしないといけないゲイの性を感じたのでした。

ゲイの性事情は、ノーマルな人たちに比べて、概して派手だと思います。たとえば「経験人数」の平均みたいな話でいえば、ノーマルな人たちとゲイの人たちでは、10倍や、下手したら100倍ぐらい違うのではないかと思います。またラッシュはノーマルな人たちにも使われていたとはいえ、ゲイの人たちの使用比率はおそらく段違いだったと思います。

今回、著者がラッシュを模した薬物の所持で逮捕されたということと、そしてそれが「一人用」であったということを読んで、改めてゲイの性について考えさせられました。もちろんノーマルな人たちも性欲はあっていろんな発散方法があるということは知っているのですが、僕自身も含め、ゲイの人たちのそれはもっと深く闇いものであることを、この本を読んで改めて思い出されたのでした。

ゲイと顔バレ

これは「たられば」の話で、想像でしかないのですが、もし著者がNHKのアナウンサーという、顔の割れた人でなければ、事件がメディアで取り上げられることはなかったでしょうし、こういう本が書かれることもなかったと思います。調べてみたわけではないですが、著者が買った薬物と同じものを購入して捕まった人もいたでしょうし、捕まった人でセクシャリティがゲイの人もいたでしょう。たくさんの事件の中で、この事件がメディアで取り上げられてしまったのは、顔が割れていたからなのだと思います。

この事件のことを知った時、僕がまず思ったのは「ゲイなのに、よくアナウンサーになろうと思ったな」ということでした。

もちろんゲイでも芸能人や作家など、顔が割れた仕事をたくさんしているのですが、僕にとってはそういう人は特殊な人で、自分自身が多くの人に顔が割れるような仕事に就くことは、まったくの想定外として生きてきました。自分は学生の時には自分のセクシャリティを認識していましたし、それによって人生が少し特殊なものになることも認識していました。自分がゲイとして生きていかなければならないときに、たとえばそれが影響する部分が10%であったとしても、世間に顔を知られながら生きていくということは避けたいと思っていました(顔を知られるようになることができたかどうかは別にして)。ですので、実際そういうことがなさそうな仕事を選んでいます。

とはいえ、僕はその選択を今まで深く自覚をしたことがなかったのですが、この本を読んで、それは一つのゲイの生きづらさなのだなと思ったのです。

著者はゲイであることと、アナウンサーという仕事を選んだことの関係性については、特に本の中で触れてはいません。個人的には、どうしてアナウンサーという仕事を選んだのか、そこに迷いや恐怖はなかったのか、著者に尋ねてみたいなと思いました。

まとめ

僕はプロフィールにも書いているように、日々の生活の中で自分がゲイであることを意識する割合は10%ぐらいのものなのかな、と思っています。一方で、自分のこれまでの人生の中で、たとえ無意識に選択していたものであったとしても、その裏にいくつものゲイとしての生きづらさがあったのかな、とこの本を読んで気づかされました。

ただ、著者はゲイというセクシャリティについて、必要以上に深く記載をしていません。むしろ、違法薬物で逮捕され、立ち直るまでの経過の記載に注力しています。ですので、この本のターゲットはゲイ以外の普通の人々なのだと思います。

また、著者は本の中でゲイとしての生きづらさについて、語っているわけではありません。今回僕は著者が語っていることから勝手に感じたゲイの生きづらさを書いてみましたが、自分の読み方は(自覚的に)偏っているものだということを、最後に記載しておきたいです。

おまけ

前述のようにこの本では、著者がゲイというセクシャリティについて、深く記載をしていなないのですが、著者はかずえちゃんというYouTubeチャンネルで、この事件と自分のセクシャリティとの関係について、もう少し深く話をされています。ご興味のある方は、こちらのYouTubeをご覧いただければと思います。

【元アナウンサーのカミングアウト】NHKに入局、そして逮捕された日のこと。
違法薬物で逮捕されNHKをクビになった元アナウンサーの話。

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